妊娠中の感染症
母子感染の3つの経路
健診の結果表に「風疹」「トキソプラズマ」といった聞き慣れない名前が並ぶと、何を調べる検査なのか分からず戸惑う方がいらっしゃいます。
母子感染は、お母さんから赤ちゃんへ病原体が伝わることを指し、感染する時期によって「胎内感染」「分娩時感染」「母乳感染」の3つに分けられます。それぞれ原因になる病原体や気をつけたい時期が違うため、妊婦健診では妊娠初期・中期・分娩前と、時期に応じて調べる項目を変えています。
検査で気になる結果が出たときは、感染の経路や時期によって対応が大きく変わりますので、結果が出た時点で内容を一緒に確認しながらお話しします。
- 水っぽいおりもの・破水感がある
- おりものの色・においがいつもと明らかに違う
- 発熱を伴う体調不良や発疹がある
胎内感染のしくみ
「胎内感染」という言葉には、おなかの中にいる赤ちゃんに何かが及ぶのではという響きがあります。
実際には、妊娠中にお母さんの体から赤ちゃんへ病原体が伝わる感染のことで、血液を通じて胎盤から伝わる「経胎盤感染」と、腟や子宮の入り口から病原体が子宮内へ上ってくる「上行感染」の2つに分かれます。経胎盤感染は風疹ウイルスやトキソプラズマ、サイトメガロウイルスなどで起こることが分かっており、妊娠初期に初めて感染すると赤ちゃんへの影響が大きくなりやすいという特徴があります。
経胎盤感染は、感染した時期が妊娠のごく初期であるほどリスクが高くなり、まれに流産につながることもあります。妊娠初期の血液検査は、こうしたリスクをできるだけ早い段階で把握するために行っています。
上行感染は腟内の細菌が原因になることが多く、破水や早産のリスクにも関わりますので、おりものの変化や下腹部の張りに気づいたときは我慢せずご連絡ください。
分娩時感染のしくみ
出産のときに赤ちゃんが感染する、と聞くと不安になる言葉かもしれません。分娩時感染は、出産時に赤ちゃんがお母さんの血液や産道の分泌物に触れることで起こる感染で、代表的なものが産道を通過する際に感染する「産道感染」です。B型肝炎ウイルスや単純ヘルペスウイルス、B群溶血性連鎖球菌(GBS、腟や腸に普段からいることのある細菌です)が主な原因になります。
GBSは妊娠32〜36週ごろに行う腟分泌物の培養検査で保菌の有無を確認し、陽性であれば分娩のときにペニシリンなどの抗菌薬を使うことで赤ちゃんへの感染リスクを下げられます。
母乳感染のしくみ
母乳をあげることでうつる感染もあると知ると、授乳そのものに不安を感じる方もいます。母乳感染は、出産後の授乳を通じてお母さんから赤ちゃんへ病原体が伝わる経路で、HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)やサイトメガロウイルスなどが知られています。妊婦健診で感染の有無を確認したうえで、授乳の方法について産後に個別で相談します。
HTLV-1が陽性だった場合は、人工乳に切り替える、一度冷凍してから母乳を与える、赤ちゃんに移行した抗体が残るごく短期間だけ母乳を続けるなど、いくつかの方法の中から一緒に選んでいただきます。感染症の種類やお母さんの状態によって、母乳育児を続けられる場合と、人工乳に切り替える場合があります。
どちらを選んでも赤ちゃんの発育に大きな差が出ないよう、産後の生活に合わせて一緒に方法を考えていきます。
TORCH症候群という感染症群
検査結果に「TORCH」というアルファベットが並ぶと、何のことか見当がつかない方は少なくありません。
TORCH(トーチ)症候群とは、赤ちゃんに影響を及ぼす可能性がある感染症をまとめた呼び方で、トキソプラズマ(Toxoplasma)、梅毒やB型肝炎などその他の感染症(Others)、風疹(Rubella)、サイトメガロウイルス(Cytomegalovirus)、単純ヘルペスウイルス(Herpes simplex virus)の頭文字から名付けられています。妊娠中に初めて感染すると赤ちゃんの発育や体の器官に影響することがあるため、妊婦健診の血液検査でこれらの抗体を持っているかどうかを確認します。
もっとも、近年の産科診療では、TORCHとひとまとめに考えるのではなく、トキソプラズマ・風疹・サイトメガロウイルス・単純ヘルペス・梅毒やB型肝炎といった感染症それぞれの特徴に応じて、必要な検査や対応を個別に組み立てる考え方が中心になってきています。TORCHという呼び方は今も広く使われていますが、実際の診療では一つひとつの感染症ごとに向き合っているとお考えください。
詳しい検査項目は妊娠初期検査項目のページで説明しています。
| 感染症 | 主な感染経路 | 特に注意が必要な時期 |
|---|---|---|
| トキソプラズマ | 加熱不十分な肉・猫の糞便 | 妊娠中の初感染時 |
| 風疹 | 飛沫感染 | 妊娠12週頃まで |
| サイトメガロウイルス | 唾液・尿等との接触 | 妊娠中の初感染時 |
| 単純ヘルペス | 産道感染(分娩時) | 分娩が近い時期の初感染・再発 |
| その他(梅毒・B型肝炎等) | 胎内・産道感染 | 妊娠初期の採血で早期発見 |
トキソプラズマは、加熱が足りないお肉や猫の糞便を介してうつる寄生虫です。感染しても症状が出ないことがほとんどですが、妊娠中に初めて感染すると胎盤を通じて赤ちゃんに伝わり、目や脳の発達に影響することがあります。すでに抗体を持っている方は再感染の心配がほとんどないため、抗体検査の結果によって気をつけたい生活習慣が変わってきます。
風疹は、せきやくしゃみの飛沫を吸い込むことでうつるウイルスで、妊娠初期(特に12週頃まで)に感染すると、先天性風疹症候群(難聴・心疾患・白内障等)を起こすリスクが高まることが知られています。抗体価が低い場合、妊娠中はワクチンを接種できないため、人混みを避ける、同居のご家族に予防接種歴を確認してもらうといった対策が中心になります。
風疹にかかると、赤ちゃんへの影響とは別に、お母さん自身にも発疹や発熱、リンパ節の腫れといった症状が出ることがあります。風疹には効果が確認された治療薬がなく、症状を和らげる対症療法が基本です。妊娠を考えている段階で抗体検査を受け、抗体価が低いときはワクチン接種をご検討いただけますが、接種後2か月間は妊娠を避ける必要があるとされています。接種のタイミングについては、診察の際にご相談ください。
サイトメガロウイルスは、多くの大人がすでにかかって抗体を持っているウイルスですが、妊娠中に初めて感染すると赤ちゃんへの影響が出やすいことが分かっています。手洗いを徹底し、小さなお子さんの唾液や尿に触れたときは注意することが予防につながります。
単純ヘルペスウイルスは、性器ヘルペスとして分娩のとき(産道感染)に問題になることが多く、出産が近い時期に外陰部に病変がある場合や、初めての感染から1か月以内に発症した場合は、赤ちゃんの新生児ヘルペスを防ぐために帝王切開を検討します。
その他に分類される梅毒やB型肝炎は、妊娠初期の採血で梅毒血清反応やHBs抗原を確認し、陽性であれば早い段階で治療や母子感染予防の対応に入ります。梅毒は早期に治療を始めることで母子感染を防げる可能性が高い感染症のため、初期の採血で見つけられるかどうかが特に重要です。
B型肝炎やC型肝炎も、母子感染によって赤ちゃんに新生児肝炎を起こしたり、ウイルスを体内に持ち続ける状態(キャリア)につながったりすることがある感染症です。B型肝炎については、お母さんの検査結果によって、出産直後の赤ちゃんに抗体を補うための注射(グロブリン)とワクチン接種を行うことで、母子感染のリスクを大きく減らせます。
梅毒は主に性行為によって感染する病気で、近年は国内での感染者数が増えています。妊娠中に治療しないままでいると赤ちゃんにも感染し、先天梅毒として発育に影響することがありますが、妊娠初期の採血で見つかった場合はペニシリンによる治療で母子感染を防げる可能性が高いとされています。妊娠初期の採血で陽性という結果が出たときは、できるだけ早く治療を始められるようご案内します。
TORCH症候群の予防と対応
「予防のためにできることはありますか」というご質問をよくいただきます。生肉をしっかり加熱する、猫の糞便処理に気をつける、手洗いを徹底するといった日常生活の工夫と、妊婦健診での抗体検査による早期発見が基本の対策です。風疹は妊娠前のワクチン接種が有効ですが、妊娠中は接種できないため、抗体価が低い場合は人混みを避けるなど生活面の注意が中心になります。
検査で抗体がない、あるいは抗体価が低いと分かった場合も、必要以上に心配しすぎず、結果に応じた生活上の注意点を診察でお伝えしますので、気になることがあればいつでもお尋ねください。パートナーやご家族の生活習慣(生肉の扱い、猫のお世話など)も感染リスクに関わるため、ご家庭内で対策を共有していただけると安心です。
よくあるご質問
妊娠中は風疹ワクチンを接種できないため、人混みを避けたり、ご家族に予防接種歴を確認してもらったりする対策が中心になります。出産後にワクチンを接種いただく形になります。
トキソプラズマは猫の糞便を介してうつることがあるため、糞便の処理はできるだけご家族にお願いし、ご自身で行うときは手袋を着用して、処理のあとはしっかり手を洗いましょう。お肉を十分に加熱して食べることも予防につながります。
感染症の種類によって対応は変わります。分娩方法の検討や生まれてくる赤ちゃんへの予防的な処置など、結果が出た時点で医師から詳しくお話しします。
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この記事の監修者
検査でわかる項目や結果の見方を詳しく知りたいときは、妊娠初期検査項目のページも参考にしていただけます。抗体検査の結果で気になる点があれば、次回の妊婦健診でお気軽にご相談ください。