会うことのかなわなかった小さな命へ
流産・妊娠中絶手術後のこころとからだのケアについて
流産、妊娠中絶。至る経過はひとりひとり異なりますが、小さな命は今回残念ながらあなたの元舞い降りてくることはありませんでした。
望む、望まれないはありますが、命が失われたことには変わりありません。お悩み、お苦しみはいかばかりかとお察し申し上げます。
この苦痛、苦悩を乗り越えて、新たな一歩を踏み出すお手伝いを私たちは全力をあげてお手伝いさせていただきます。

グリーフケア:grief care
グリーフ(悲嘆)とは「喪失に対する全人的な反応(精神的、行動的、社会的、身体的、スピリチュアル)、その経験のプロセス」であり、他の人と比較ができない個人的な経験です。
喪失による悲嘆は死のみによるものではありませんが「子供との死別」はとりわけ悲嘆が強いと言われています。
流産や妊娠中絶はひとりの子供の喪失であり、また「社会に認められにくい喪失」といわれます。
特に初期であるほどその命の存在を知っている人も少なく、家族も小さな命を失ったことを他人に話すことを躊躇します。
悲しみを人と分かち合えない、理解してもらえないということは大変苦しいことです。
特に妊娠中絶は「話すことのできない悲嘆」であり、理由のいかんに関わらず、限られた時間の中での意思決定で、最終的には “ 自分(たち)” が決めたことを永く抱えていく体験です。
この悲嘆は深く「子供に対して申し訳ない」「自分を責めてしまう」罪悪感、葛藤、辛さはもちろんですが、さらに誰にも話すこと、相談することができないという苦悩に自分一人、もしくはパートナーと向き合っていかなければいけません。
当院では、医師、スタッフによる声掛け、相談の対応、専門機関への紹介、当院の水子菩提寺である、紫雲山地蔵寺での水子供養、ブルーポストによる患者様からの小さな命への想いを託した手紙のお届け、ご供養料、お布施のお届けを通して患者様のサポートを行っております。

喪失経験により生じる悲嘆反応
小さな命を失った悲しみ、悲嘆には様々なものがあります。
| 心理的・感情的反応 | 悲しみ、ショック、怒り、罪悪感、自責の念 後悔、不安恐怖、孤独感など | 
| 認知的反応 | 否認、記憶力・集中力定低下、混乱、理論的思考が困難になる など | 
| 行動的反応 | 涙が止まらない、引きこもる、落ち着かない、過活動、自己破壊的な行動(喫煙、過度の飲酒など) | 
| 生理的・身体的反応 | 睡眠障害、食欲不振、頭痛、めまい、疲労、震え など | 
これらの悲嘆反応が生じることは正常なことですが、それが通常の範囲を超えると様々な障害として現れてきます。
手術ストレスによる障害
流産、妊娠中絶手術後は外からの刺激(ストレッサー)と、それによってからだに生じる歪みの状態(ストレス反応)を “ ストレス ” と呼びます。
流産、手術後にストレスが要因となって、めまい、嘔吐、頭痛などの様々な症状が現れることがあります。
悲しみ、後悔などの「情動」と交感神経、副交感神経を司る「自律神経系」は密接に関係しており、心身のストレスが過剰となると「情動ストレス反応」が生じ、同時に「自律神経失調症状」が起こることがあります。
そのため消化器機能が弱まり吐き気や、内耳機能に異常が生じ、めまいや頭痛が起こります。
PAS:中絶後遺症候群
流産や妊娠中絶手術を受けた後に、心身にストレスを生じて様々な心の障害が生じることがあります。特に妊娠中絶手術後の心の障害はPAS(中絶後遺症候群:Post Abortion Syndrome)といわれており、PTSD(心的外傷後ストレス症候群)の一種と考えられており、様々な障害として 日々の生活に支障を及ぼすこともあります。
PASの症状
妊娠中絶手術後に悲しみやストレス、罪悪感などを必要以上に抑圧することで発症するPAS(中絶後遺症候群)の症状には大きく分けて3つの症状があります。
- 過剰反応
- フラッシュバック
- 抑圧
1・過剰反応
過剰反応とはさまざまな事に過剰に反応して精神的な症状がでることをいいます。
- イライラしやすい
- 過剰な警戒心を持つようになった
- 眠りが浅い
- 孤独を感じる
2・フラッシュバック
手術のことや当時のさまざまなことがフラッシュバックしてきます。
- トラウマとなった手術体験を鮮明に思い出す
- 悪夢を見やすい
- 子供や赤ちゃんを避ける
- やる気が出ない
3・抑圧
中絶に関する情報をシャットアウトしようとする抑圧によってさまざまな症状が出現する
- 「いなくなってしまいたい」「自分は必要ない」と感じる
- 中絶に関わった人や場所を避ける
- 中絶に関する感情や考えを否定する
- 中絶の記憶を呼び起こす可能性のある行動を避ける
PASは個人差が大きく、すべての人にあらわれるわけではありません。
しかしPASを放置してしまうとうつ病や不安障害など精神疾患を発症する場合があり、その場合は精神科的な治療が必要になります。
さらに、疾患を発症しなくとも、パートナー、夫婦関係や家族、親戚関係などの日常生活に影響を及ぼし、そのことがさらにストレス負荷を増して悪循環となってしまいます。
流産、妊娠中絶手術後気をつけること:体と心の休養を
流産、妊娠中絶手術後は手術操作と手術ストレスの両方からの回復が必要です。
回復が遅れると、PASの発症、ひいては精神疾患発症の引き金になります。手術直後にはご自分では体の疲れや、心の不調を感じられなくても、意識の下様々なストレスが蓄積されています。
そのためには身体的にも精神的にも数日間は無理のないスケジュールを意識して、しっかりと体と心を休めることを心がけてください。
またアルコールは控えましょう。術後のイライラや不眠などのPASによる過覚醒状態を逃れるためにアルコール依存や摂食障害に陥ってしまうこともあります。

悲しみを乗り越えて
悲嘆に適応し乗り越えていくプロセスについて「悲哀の4つの課題」( J・W。ウォーデン)についてお話しします。
ウォーデンは愛する人の死に適応していく過程で、遺されたひとが取り組む4つの課題として整理しています。
| 1 | 喪失の現実を受け入れること | ・その人が亡くなって、もう帰ってこないという現実に正面から向き合う ・葬儀などの伝統的な儀式は、多くの遺族を死の需要へ導く助けとなる | 
| 2 | 悲嘆の痛みを消化していくこと | ・悲嘆の苦痛を認め、乗り越える ・この苦痛を避けたり、抑圧し続けていると喪の過程を長引かせることになる | 
| 3 | 故人のいない世界に適応すること | ・故人の担っていた様々な役割を果たし、また故人との関係性やそれまで感じていた世界において感じていた自信や世界に関する認知の仕方を修正する | 
| 4 | 新たな人生を歩み始める途上において、故人と永続的なつながりを見出すこと | ・心の中の適切な(遺された人がこの世界でしっかり生き続けることを可能にする)場所に個人を位置付ける。 | 
流産や妊娠中絶による喪失感は主に「第1、第2の課題」となると思われます。
喪失の事実を認めないことや悲嘆を避けることは、かえって悲嘆を長引かせ、慢性化させます。
またこれらの課題は必ずしも段階的に取り組むべきものではなく、悲嘆に適応するために必要な長い時間の中で前後することもあれば去り返されることもあり、少しずつ達成されるものです。
失った命の喪失の適応過程は長期にわたるプロセスです。
悲嘆以前の状態に戻ることが到達点ではありません。
亡くなった命は戻らず、その悲しみが終わることはありません。
悲しみの形態は変化し続けます。悲しみの性質が変わり「亡くなった命のことを苦痛なく思い浮かべることができる」そして、今の人生と生活に再びエネルギーを注げるようになり、流産されたかたは次のステップへ、妊娠中絶されたかたは二度と過ちを繰り返さないように、また望まれた妊娠が訪れるその日がやってきた時、ようやく喪が明けたといえるのではないでしょうか。
その日がやってくるまで、私たちにできることがあれば、いつでもサポートさせていただきます。お気軽にご相談ください。
