妊娠と薬

「妊娠しているのに気づかずに風邪薬を飲んじゃいました」「頭が痛いのですがお薬を飲めないので我慢しています」・・・妊婦さんから薬についての質問をよく受けます。実際はほとんどの薬には心配するような危険性はありませんが、私たちもはっきりと「だいじょうぶですよ」と太鼓判を押すことができないのが実情です。

▶ 注意を要する薬リスト

先天異常(奇形)の原因

妊娠中に薬をまったく飲まなくても先天異常のある赤ちゃんはおよそ100人に2人の割合でみられます。先天異常の原因はまだよくわかっていませんが、遺伝的な要因が20~25%。母体のコンディションや感染症によるものがそれぞれ3、4%といわれ、薬や化学薬品、放射線などが原因となるものは1%に満たないと考えられており頻度は非常に少ないのですが、これらは人為的なものであり正しい理解があれば避けることが可能です。

胎児毒性

薬がおなかの赤ちゃんの発育や機能に悪影響を与えることを胎児毒性といいます。薬の多くは胎盤を通過し赤ちゃんに到達します。赤ちゃんは薬に対する抵抗力が少ないので作用が強く出たり、生まれてからも影響が残ることがあります。このような胎児毒性は妊娠初期よりも後期から分娩に近づくほど影響が出やすくなります。

薬の毒性の評価

それではこの薬が安全かどうかの判断基準はあるのでしょうか。市販薬もふくめて一般の薬は動物実験や人間への投与成績を積み重ね、厳しい基準をクリアして市販されます。市販後も検査を繰り返し安全性を確認しています。(それでもたまに副作用が問題になりますね)けれども妊婦さんに対しては、“妊婦さん1,000人に薬を飲ませ、さて何人先天異常のある赤ちゃんが生まれるでしょう”なんてことはできません。また動物実験で催奇形性が認められてもそれがはたして人間にもあてはまるのか、またその逆もあり得る訳です。そのためある薬を飲んだ人と飲まなかった人の集団のなかで先天異常の比率を調査したり、ある種の先天異常を持つ赤ちゃんのなかでどんな薬をおかあさんが飲んだかを調べて評価していきます。

こうして臨床試験や疫学調査、動物実験などの結果をふまえ我が国の“薬剤添付文書”(薬の説明書)やアメリカの“FDA分類”や“オーストラリア分類”といった評価基準が定められておりこれらを参考に処方しますが、それぞれの情報にずれがあり、特に“薬剤添付文書”には首を傾げざるを得ない表現もあり困ってしまうことがあります。

薬の服用時期

妊娠中の薬の服用が赤ちゃんへの影響は薬自体の毒性のほかに、妊娠の時期によっても変わってきます。

〔1〕受精前から妊娠27日(3週末)まで《無影響期》

受精前に薬の影響を強く受けた卵子は受精しないか、受精しても着床しなかったりごく初期に流産してしまい妊娠が成立しません。また受精後2週間(妊娠3週末)以内は「all or none の法則」といって、妊娠が成立しないか、正常の経過をたどるかどちらかで、《無影響期》といわれ赤ちゃんへの薬の影響はありません。

〔2〕妊娠4週~6週《絶対過敏期》

この時期は胎児の中枢神経、心臓、消化器、四肢などの重要臓器が形づくられる時期に当たり、もっとも影響を受けやすい《絶対過敏期》で薬の服用に関して十分注意しなければいけません。サリドマイド服用による奇形の発生も最終月経から数えて32日目から52日目に服用した妊婦さんのみに起こりました。

〔3〕妊娠7週~16週《相対過敏期、比較過敏期》

胎児の重要な器官の形成は終わっていますが、性器の分化などはまだ続いています。薬に対する感受性は次第に低くなりますが注意は必要です。

〔4〕妊娠17週~分娩まで《潜在過敏期》

この時期は薬の服用によって奇形が引き起こされることはありません。しかし胎児毒性のある薬、たとえばある種の鎮痛剤の連用は赤ちゃんの血管を収縮させ胎児高血圧や羊水過少、分娩直前には動脈管開存症という血管の異常が起こることが知られており、妊娠後期から末期にかけてむしろ危険性が高まるものもあります。

〔5〕パートナーについて

男性が使用した薬の妊娠への影響は基本的にありません。動物実験では精子が作られる過程で異常を引き起こす薬はありますが、精子はもともと20%程度の奇形があり、薬の影響を受けた異常な精子が卵子にたどりつくことは困難で仮に受精しても妊娠に至ることはないでしょう。また精液への移行もC型肝炎の治療薬リバビリンを除いて問題になりません。ただ精子は作られるまで74日かかり精巣に蓄えられるので受精の半年前までさかのぼって考えなければいけません。

薬の使用量

薬の危険度は服用した量にも大きく左右されます。例えばビタミンA(レチノール)は妊娠中に必要なビタミンですが、大量に服用すると奇形が発現することが知られています。ビタミンAはレバーにも含まれますがビタミンAのサプリメント(お肌にいいようです)を常用していない限り通常の食事の量では心配ありません。

薬の使用経路

飲み薬、塗り薬、注射など投与方法によっても影響力は変わってきます。全身作用である内服や注射に比べて、塗ったり、貼ったり、点鼻や点眼の外用薬は局所だけに作用し、投与量が少なくすべてが吸収されるわけではないので通常の範囲であれば安全といえます。

使用期間

薬を飲む期間は当然短い方が影響が少なくてすみます。だらだらと飲まずに症状がなくなったら早めに中止しましょう。しかし勝手に自分で判断しないで主治医の先生の指示に従って下さい。

併用薬

てんかんの薬では、薬の種類が多くなると奇形の発現率が高くなることが知られています。妊娠中はてんかんに限らずなるべく薬の種類を減らしてコントロールしていくことが基本です。

妊娠中、薬は飲まないにこしたことはありません。しかし妊娠前から持病があり薬を飲まなければいけない場合や切迫早産などの産科トラブルで内服の指示が出たときはしっかり内服しなければいけません。なかには薬を処方しても心配だからと飲まれないかたがいます。私たちは赤ちゃんのため、おかあさんのため必要があるからお出しするので、自己判断でやめたりせずきちんと飲んでください。

また風邪や発熱、おなかをこわしたなど日常でも起こるトラブルは我慢して悪化させるより、さっと薬を飲んで早く直してしまった方がいい場合もあります。(主治医の先生の考え方があるので、必ず相談されてください)もちろん薬に頼りすぎることはよくありません。しかし、お話したように薬による赤ちゃんへの影響は特殊な薬を除けばほとんどありません。あまり神経質になりすぎるのも考えものです。

適“剤”適所でうまく薬を使って快適な妊娠生活を送れるようお手伝いをしていきたいと思います。

最後に港区の虎ノ門病院では「妊娠と薬相談外来」が、また世田谷区の国立生育医療センターには厚労省の「妊娠と薬情報センター」が設置されています。

一般名又は薬物群名 代表的な商品名 報告された催奇形性、胎児毒性
アミノグリコシド系抗結核薬 カナマイシン注、ストレプトマイシン注 非可逆的第神経障害、先天性聴力障害
アンギオテンシン変換酵素阻害薬 ACE-1 / アンギオテンシン受容体拮抗薬 ARB (降圧剤) カプトリル、レニベース他/ニューロタン、バルサルタン他 中、後期)胎児腎障害、無尿、羊水過少、肺低形成、四肢拘縮、頭蓋変形
エトレチナート(角化症薬・ビタミンA誘導体) チガソン 催奇形性、皮下脂肪に蓄積されるために継続治療後は年単位で血中に残存
カルマゼピン(抗てんかん薬) テグレトール他 催奇形性
サリドマイド 個人輸入、治験(多発性骨髄腫) 催奇形性:サリドマイド胎芽病
シクロホスファミド(抗がん剤、膠原病) エンドキサン 催奇形性、中枢神経系他
ダナゾール(子宮内膜症治療) ボンゾール他 催奇形性:女児外性器の男性化
テトラサイクリン系抗生物質 アクロマイシン、レダマイシン、ミノマイシン他 (中、後期)歯牙の着色、エナメル質の形成不全
トリメタジオン(抗てんかん薬) ミノ・アレビアチン 催奇形性:胎児トリメタジオン症候群
バルプロ酸ナトリウム(抗てんかん薬) デパケン、セレニカR他 催奇形性:二分脊椎。胎児バルプロ酸症候群
インドメタシン、ジクロフェナクナトリウム他(非ステロイド性消炎鎮痛薬) インダシン、ボルタレン他 (妊娠後期)動脈管収縮、胎児循環持続症、羊水過少、新生児壊死性腸炎
ビタミンA大量投与 チョコラA他 催奇形性
フェニトイン(抗てんかん薬) アレビアチン、ヒダントール他 催奇形性:胎児ヒダントイン症候群
フェノバルビタール(抗てんかん薬) フェノバール他 催奇形性:口唇裂、口蓋裂他
ミソスプロストール(消化性潰瘍薬) サイトテック 催奇形性:メビウス症候群、子宮収縮、流早産
メソトレキセート(抗リウマチ薬) リウマトレックス他 催奇形性:メソトレキセート胎芽病
ワルファリン(抗血栓薬) ワーファリン 催奇形性:ワルファリン胎芽病、点状軟骨異栄養症、中枢神経の先天異常

*抗がん剤として用いる薬剤は対象外とした。